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あおのり日記
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Author:あおのり
職業:旅人
月日は百代の過客にして、行きかう人もまた旅人なり。
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2011.04.10 Sun

どうもこんにちは。
あおのりです。
早いもので一カ月ですね。


オレは今までいろんなとこを旅してきました。


P9160019.jpg

2006年9月 本州最北端 大間岬(青森県・大間町)



DSC00791.jpg

2008年9月 本州最西端 毘沙の鼻(山口県・下関市)



CIMG1665.jpg

2010年6月 本州最南端 潮岬(和歌山県・串本町)



本州最東端はまだ行っていない。
他の場所に比べ自宅から近いので
いつでも行けると思っていた。



岩手県の宮古市 とどヶ崎


何ヶ月後か何年後か、いつか行きたい。


浜街道を北上し、


仙台空港から飛び立つ飛行機を見ながら、


松島の瑞巌寺でお参りをし、


今はあるかどうか分からない、
奥さんに告白をした雄勝半島の公園に立ち寄り、


気仙沼でまんぼうの刺身を食べ、


復旧した大船渡や陸前高田の街を見て、


宮古の本州最東端まで行きたい。




今のオレのささやかな夢。







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2011.04.07 Thu
あおのりは元気です3 守りながら前へ
2011/4/7 東日本大震災レポート3


昨日の深夜、妻の腹痛がひどく病院へ行った。
急性胃腸炎らしいとのことで点滴を打ってもらった。
疲れやストレスも原因のひとつにあるのかもしれない。

そのこともあり、働いている仲間たちに申し訳ないが
今日は休みをもらった。

仕事も家庭も。

なかなか線引きは難しいよね。



http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110406-00000907-yom-soci
陸前高田市の市長の記事。
立場上、いろいろな葛藤があったと思う。


先日、福島第一原発で作業しているという方と話した。
休みをもらい、相馬まで帰ってきたいたらしい。

その方は津波により父、母と子どもを1人亡くしていた。
それでも、疲労を隠せない顔つきだったが、
妻ともう1人の子どもと話すときは笑顔を見せていた。

また2日後ぐらいには、福島第1原発の作業へ戻るらしい。
もちろん家も津波に流されている。

そんなぎりぎりの状態でも
福島に住む人、ひいては日本の人たちのために
作業を続けている。


陸前高田市の市長も市民のために
悲しむ時間も惜しみ、働いているのかもしれない。



それぞれみんなに守るべき家族もある。
その心配な気持ちに線引きをして
被災地が前へ進むための道を作っている。


自分もできることなんて、ほぼないに等しい。


それでも、家族も守り、そのためには自分の体も壊さないように
無理せずゆっくりと前への道を歩んでいきたい。




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2011.03.20 Sun
あおのりは元気です2 命をつなぐこと
2011/3/20

東北大震災レポート2 命をつなぐこと


現在の相馬市では、大型チェーン店、コンビニは閉鎖しており、
地元の小売店、フレスコキクチ、鳥久、船橋屋などが開いている状況です。

あと広文堂もあいてたよ。



地元の復旧をはじめていくのは、やはり地元の力が大きいです。


相馬に残る人、離れる人、それぞれです。

オレの友人でも小さな赤ん坊を連れて、見知らぬ土地の避難所へ避難している人、
これから妊婦と避難する友人もいる。

現在の相馬は放射能の数値は高くなく安全な状態です。
みんな普通の暮らしをしています。


しかし、万が一のことを考え、
また、しっかりとした医療のある場所で出産するため
相馬を離れることも一つの選択。

相馬の命をしっかりつないでいくための選択。


逆に残っているオレたちは、
その人たちが戻ってこれる環境を、自分たちの町を
再生していくことが、責務。


浜に住んでいたじいちゃんが言っていた。

「わしらが最初にここに来たころの状態に戻っただけ。
 また最初からやり直せばいい。」


子どもたちとお父さんが笑顔で話していた。
少しの談笑をしたあと、お父さんが最後に言った。

「これからは、この子ら4人の母親代わりにも
 ならなきゃいけませんから、がんばります。」


不思議と笑顔の人が増えてきた気がする。
それは無理やり作っているのかもしれない。


それでも、失ったものの悲しみを受け入れ、
先に進むための覚悟を決め、生きようとしている。

助かった自分たちの命の重さを十分に感じているから。



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2011.03.18 Fri
あおのりは元気です(1)避難所の風景
東北大震災レポート 2011/3/18

今日の避難所の風景
「今日の配給はおにぎり2個と漬物、ヤクルトになります。
 それと、くじで抽選し、当たりの方にはおかずがつきます。」


被災から一週間。
ある程度、食糧が安定して避難所に行き渡るようになった。
最初は1日2食、おにぎり1個ずつだったが、
全国からの救援物資のおかげと
自衛隊、ボランティア、そして避難されている方自ら、
多くの人が協力し、おにぎりを大量に作る体勢ができてきた。
空腹で困る部分からは復旧している。

避難所でもいくらかの混乱もあるが、各避難所で班分けしたり
地域の区長がリーダーとなったりし、配給の準備、避難所の掃除
トイレを流すためのプール水の準備など協力して運営できている。

数が限られる物資もあり、配給は市内全部の避難所にまったく同じものを
渡すことはなかなかできない。少しだけ違う食材が届くこともある。




「当たりは2番のくじです。」

歓声があがる。

「やったー!」

「いいなぁ」

「2番のくじをもっている方たちは前のほうに
 今日のおかず、焼き魚を取りに来てください。」

笑い声が聞こえてきた。
当たった魚を家族で分け合って食べたり。

被災した人それぞれに
つらいことはいっぱいあったが、
ちょっとしたことで
みんなに少しずつ笑顔が戻っていく。


笑顔が復旧への第一歩。
そう思った。



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